お茶摘みの風景 お茶摘みの風景

“飲む抹茶”から“食べる抹茶”へ。
抹茶文化を発信するリーディングカンパニー

株式会社あいや西尾

街を少し歩けば見かけるシアトル系カフェの抹茶ラテや、今ではどこのスーパーやコンビニでも見かける抹茶アイス、抹茶味のお菓子やクリームを使ったパン…。

最近では、さまざまな抹茶を使った商品が店頭に並んでいます。おかげで、茶道をたしなむ人にしか馴染みのなかった”お抹茶”を、日常的に味わうことができるようになりました。

そんな風景を生んだ立役者、抹茶の名産地である西尾市の株式会社あいやに、これまでの歩みを伺いました。

西尾茶の歩み

西尾市は、全国のお茶どころでも珍しく、抹茶に特化した生産地で、抹茶の原料となる碾(てん)茶の生産地として、全国の生産量の2割ほどを占めています。

 “西尾茶”の始まりは、鎌倉時代中期、上町にある実相寺を創建した際、開祖として招いた高僧、聖一国師が宋(中国)から茶種をもたらしたといわれていますが、確かなことはわかっていません。

また、お茶の栽培については、1601年に村々にお茶栽培を奨励する史料が残っており、江戸時代にはお茶の樹に対しての税が課せられていたことから、栽培が広まっていたことがわかっています。

明治以降には生糸につぐ日本の特産品として、お茶が重要な輸出品となり、この頃に西尾でも本格的な茶樹栽培が始まりました。

1872年、紅樹院の住職、足立順堂(じゅんどう)が京都の宇治から茶の種を取り寄せて稲荷山に茶園を開き、産業としての茶栽培を積極的に進めました。

矢作川に近く川霧が発生し、肥沃で水はけの良い地質の稲荷山の一帯は、上質な茶葉を栽培するのに適した条件が揃っていたことから、現在でも茶畑が広がる一大生産地となりました。

紅樹院には今も西尾茶の原樹が大切に残され、西尾に茶産業を広めた「茶祖の寺」として知られています。

近年では平成21 (2009) 年には「西尾の抹茶」として特許庁の地域ブランドに認定されるなど、全国的な抹茶のブランドとしても認知され、人気が高まっています。

現在、抹茶は、抹茶ラテやクッキー、チョコレートなど、製菓やフレーバー用途にも広く使われており、世界的にも抹茶ブームとなっています。

「西尾の抹茶」と
”あいや”への歩み

こうした西尾の抹茶の歴史とともに歩んできた企業が、株式会社あいやです。

明治時代、日本は鎖国を終え、海外へ生糸と茶を輸出していました。そうした社会背景のなかで、西尾でもお茶をつくる気運が高まり、多くの者たちが茶業を志ざします。

あいやの歩み

稲荷山一帯の茶園を開墾したひとりが、創業者の初代杉田愛次郎です。あいやは、明治21(1888)年に茶と藍玉製造の「杉田商店」として創業されました。

その後、周囲の茶園主とともに商品価値の高い茶葉の生産をめざし、覆下(おおいした)栽培技術などによる品質の向上に努め、西尾茶は、玉露などの上級茶から、抹茶の原料となる碾(てん)茶づくりが中心へとなっていきました。

寒冷紗を使った覆い下栽培

これとともに藍玉の製造・販売から茶業のみへと一本化する体制を整え、1922年、合資会社あいや茶店が設立されました。

“飲む抹茶”から
“食べる抹茶”へ。
“食品としての抹茶”への
取り組み

戦後の1960年代頃、あいやは、抹茶の販路開拓に取り組んでいました。
当時は京都・宇治の抹茶が圧倒的なブランド力を誇っており、あいやは、“抹茶は茶道用の飲むためのもの”という固定観念を捨て、食品業界に狙いを定めることで新たな活路を見出そうとしていきます。

しかし、食品加工原料としての抹茶の販路開拓は、簡単には進みませんでした。
人づてに紹介を受けた大手の乳業メーカーから氷菓開発のための視察の話が舞い込んだときのことです。
喜び勇んで工場を案内すると、担当者からは意外な反応が返ってきました。次々と衛生管理へのダメ出しが続きます。
お茶業界では十分な水準の衛生管理が、厳格な食品業界では通用しませんでした。

「抹茶を飲むものから食べるものに転換させなければ、われわれの成長はない」。

3代目社長、杉田茂氏の言葉に従い、大手乳業メーカーからの要求を満たすため、工場を工程ごとに仕切り、作業着をボタンやポケットのない、異物混入を防ぐものに新調するなど、あいやは、さまざなな改革を進めていきました。

1975年頃には、そうした努力が実り、ようやくあいやの抹茶を使ったカップ入りのアイスクリームが販売されます。

その成功を皮切りに、クッキー、チョコレートなど、次々に抹茶味の食品を手がけることになり、大きな需要を生み出すことになりました。

それに合わせて、あいやでは加工材料として要求される項目にあわせ、抹茶の品質を客観的に分析できる体制づくりを進め、徹底した品質管理を行っています。

 

抹茶から”MATCHA”へ。
より親しまれる
抹茶文化のために

日本全国に販路を拡大した後、1983年に北米への輸出を開始しました。

その後、1999年、入社間もない杉田武男氏(現社長)は単身渡米し、翌2000年には食品展示会を通じて、アメリカの飲料メーカーから「抹茶ラテ」の材料の注文が舞い込みます。現在も人気のカフェメニューが生まれるきっかけにもなりました。

 

現在、抹茶は、世界的にも”MATCHA”として知られるようになり、あいやも、アメリカ、ドイツ、オーストリア、中国、タイに現地法人をもち、世界中に抹茶文化を発信し続けています。

海外事業とお抹茶 海外事業とお抹茶

2011年からは、より一層抹茶文化に親しんでいただくためのブランドとして「西条園」を展開し、カフェの営業やスイーツを始めました。

また2017年には、本社隣接の抹茶に関する特別な体験をできる施設として、抹茶ミュージアム「西条園 和く和く」を開設しています。

西条園 和く和く

抹茶ミュージアム「西条園 和く和く」では、製造工程の見学のほか、茶匠が行う茶葉の品質鑑定や茶葉のブレンド、茶臼で碾いたお抹茶を点てるプチ茶道体験など、抹茶に関する体験が盛りだくさん。抹茶文化を五感で味わうことができます。

株式会社あいや(オフィシャルサイト)https://www.matcha.co.jp/

西条園オンラインショップ https://www.shop-matcha.jp/

【店舗情報】
・西条園 あいや本店 https://saijoen.jp/

・西条園抹茶カフェ 西尾本店
・抹茶ミュージアム「西条園 和く和く」 https://museum.saijoen.jp/

住所:愛知県西尾市上町横町屋敷15番地
(※全て本社敷地内に併設)

 

 

※参考文献:
・「ももとせ物語 明治150年」中日新聞(2018/12/13)
・「中部発・地域ブランド : 西尾の抹茶: 厳格な定義をもとにPR戦略を図り、ブランド力を高める道を選択した西尾茶」 中部産業・地域活性化センター