盛田の味噌作り 盛田の味噌作り

創業以来350年余りに渡って
和食の魅力を発信する

盛田株式会社常滑

盛田は1665年(寛文5年)に創業し、清酒づくりを開始しました。以来、現在では盛田株式会社として清酒「ねのひ」や味噌・たまり、味醂、各種調味料など、醸造技術を元にしたさまざまな食品や飲料を製造・販売しています。

盛田商品

また創業の地である常滑市の小鈴谷地区はソニーの創業者のひとりでもある盛田家十五代当主 盛田昭夫 氏の故郷としても知られ、小鈴谷工場には企業ミュージアムの「盛田味の記念館」とともに「盛田昭夫記念館」が併設されています。

小鈴谷工場で、盛田株式会社 執行役員/生産本部 副本部長/小鈴谷・大谷工場長を兼任される菱川 進弘 氏にお話を伺いました。

盛田の商品ラインナップと歩み

盛田では、元々あった清酒の生産技術を使って、いろいろなものを作ってきました。

酒づくりが一番古く、350年以上の歴史があり、清酒・リキュール・本みりんなどをつくっています。味噌、たまりは約300年くらいで、今は赤だし・豆味噌をつくっています。醤油は明治元年からですので、150年以上の歴史があり、濃口・薄口も作っています。

お客様としては業務用の利用も多く、世界各国の本格的な日本料理店でお使いいただいています。赤だしを日本で最初に開発したのも当社です。これも料理屋さんに向けたもので、食品加工メーカーにもたくさん使ってもらっています。

お酒は清酒でだいたい、1万数千石(※1石=180L)、本みりんで1万5千石ほど作っています。生産量としては料理酒やみりん風調味料の方が多いですね。だいたい清酒の10倍くらいの生産量になります。

ブランドとしては、元々あった「山泉」が一部のたまりなどに残ってはいますが、コーポレート・アイデンティティ(CI)の統一として、「盛田」ブランドに揃えるようにしました。

山泉 看板

酒の「ねのひ」ブランドとしての歴史は約150年、11代当主の頃に「子乃日松」という銘柄が作られ、明治からこの名前に1本化しました。戦後に、読みやすくするために漢字の「子乃日」表記から「ねのひ」へと表記を変えています。ラベルは、ソニーのデザイナーがデザインしたと聞いています。

ちなみに、盛田のロゴマークは、盛田家の家紋を図案化したものになっています。

この小鈴谷が盛田創業の地で、2000年には大谷工場を開設しています。大谷工場は、以前は開発工場としての役割も担っていましたが、今は瓶詰め、出荷場の機能や、清酒以外のお酒の一部を作っています。

盛田の酒について

このあたりの地域は濃い味付けが多いので、しっかりしたお酒が合います。
「ねのひ」は、地酒は基本的にどこもそうだと思うのですけど、甘口、辛口かでいうと基本的には甘口ですね。とはいえ、時代に合わせて味は変化していくものですし、現代のニーズに合わせて、さらりとしたお酒も作っています。

新しいお酒としては、例えば、名古屋大学との共同研究で生まれた、「AR4」があります。名古屋大学の桜の木の花酵母である桜酵母を使ったお酒で、普通の酵母を使ったものに比べるとアルコール度数が低めで、糖分が残り酸味が強く出るので、飲みやすいお酒になっています。

麹

酒の原料・製法について

「ねのひ」には、大谷に大切にしていた水源があって、それを仕込み水にしていましたが、今は木曾御嶽山の麓、開田高原から湧く清らかな超軟水の水を使っています。
お米は、大吟醸には酒造好適米の山田錦。なかでも一番良いとされる兵庫の山田錦を使っています。そのほかには、富山の“五百万石”や、純米酒には、地元の酒造好適米の“若水”、“夢吟香”なども使っています。

盛田の酒造り

盛田の味噌・たまりづくりと、
愛知県の醸造文化について

今のたまりづくりは高い圧力で絞る圧搾もして、たまり専用のものとして作っていますが、江戸や明治の昔は味噌とたまりは同じ木桶で作っていて、たまりをひいてから残った豆味噌を売っていました。そういうのはこの地域の特徴じゃないですかね。

豆味噌・たまりを作る時に「汲み水(塩水)」の量を増やせば、たまりの量は増えますが、その分、旨味は薄まります。いわゆる”こいくちしょうゆ”が大豆10に対して食塩水12.5ですが、5分溜まりなら大豆10に対して食塩水5となります。

逆に、水分量を減らして、”2分半”という仕込み方をした豆味噌はたまりもほとんど出ない、旨味の全部残った味噌になり、これが一番おいしい豆味噌です。今のうちの豆味噌はこの作り方でやっています。

愛知県はやはり、豆味噌やたまりが特徴的で、歴史的にも、尾張徳川家の庇護があり奨励したことで関東の方に出されていました。盛田の酒も、昔は、今の「味の館」の前あたりに船着場があって、そこから沖合まで運んで廻船に積み込んで、江戸の方へと海路で運んでいたと聞いています。

濃口醤油が入ってきたこともなく、知多半島で今も残っている蔵元だけでも常滑や武豊、半田のエリアにこれだけ集まっているというのは珍しいんじゃないでしょうか。

盛田 小鈴谷工場

木桶を使ったこだわりの味噌・たまりづくり

お酒については、コントロール下で必要に応じて培養しているので蔵付きの野生酵母というようなものは今はないのですが、味噌造りでは古くからの木桶を使っています。

味噌、たまりを作る木桶のことを、うちでは”オケ”と呼んでいますけども、豆味噌では”オケ”に住む微生物の働きというのが重要になります。

盛田の味噌は豆味噌なので、100%大豆と塩のみです。
たまりの方は、今はほんの少しだけ小麦を入れています。小麦を入れるのは、デンプン源があった方が麹が作りやすいのと、発酵もしますし、香りをよくなるということで使っています。醤油だと小麦をだいたい半分、50%くらい入れるんですが、たまりでは、多くても8%から10%くらいですね。

木桶をつかった味噌づくり

オケは昔から使っている竹のタガを締めたもので、今では大阪まで行かないと職人さんがいなくなってしまいましたが、最後の職人さんが武豊町にまだいた頃に、50本ほど材料を手当てしてもらいました。今こちらにある”オケ”は、80本から100本弱くらいです。
ほかでは、香川の小豆島にも盛田の工場があって、そちらには300本を超える木桶があります。

盛田の伝統

“盛田らしさ”ということでは、SONYや敷島製パン、「鈴渓義塾※」などを産んだ盛田の伝統を受け継いで、新しいお酒への取り組みなども続けていますし、調味料でも赤だしを最初につくったりしています。“つゆの素”や“みりん風調味料”も業界に先駆けて、いち早くに取り組んだり、新しいものに挑戦する気風があると思いますね。

盛田の歴史

※鈴渓義塾:盛田家11代当主盛田命祺(めいき)が私財を投じて創設した義塾(私塾)。トヨタ中興の祖とされる石田退三氏や敷島製パン創業者の盛田善平氏など、多くの優れた人材を輩出しました。

盛田株式会社 http://moritakk.com/

・小鈴谷工場 愛知県常滑市小鈴谷亀井戸21−1

・企業ミュージアム「盛田味の館」(工場隣接)
 愛知県常滑市小鈴谷字脇浜10
170年前の醸造蔵を改装した館内には杉樽が並び、酒、みそ、たまり、しょうゆの製造工程を動画でご紹介しています。また、小鈴谷工場でできたてお酒、清酒「ねのひ」の利き酒や、みそを使った料理も楽しめます。http://moritakk.com/know_enjoy/ajinoyakata/