うま味のふるさと探訪

中埜酒造 国盛 酒の文化館 中埜酒造 国盛 酒の文化館

「国とともに盛んなれ」
半田の酒造りと日本酒文化を伝える「国盛 酒の文化館」

中埜酒造株式会社半田

半田運河と「国盛 酒の文化館」

愛知県半田市の半田運河周辺は江戸時代から醸造業が盛んな土地として栄え、運河沿いに黒板囲いの醸造蔵や廻船問屋が建ち並ぶ風景は、現在の半田運河の景観の礎となっています。半田運河沿いには、今も黒板囲いの蔵を中心に風情ある風景が広がり、“半田運河 蔵のまち”として、観光地となっています。
お酢などで馴染み深いミツカンの創業の地でもあり、ここから運ばれたお酢は、江戸のお寿司の流行を支えました。

半田運河黒壁

中埜酒造は、現在もこの“蔵のまち”で酒造りを続けており、工場に併設された「國盛 酒の文化館」は200年ほど前に建てられた中埜酒造の古い酒蔵を利用し1985年に開館した企業ミュージアムとなっています。
「国盛 酒の文化館」館長、浜 耕平さんと中埜酒造の杜氏 船井秀哉さんに、知多半島の酒造りや中埜酒造について、お話を伺いました。

 

「中国酒」、尾州半田の酒造り

国盛

知多半島では酒造りが古くから盛んで、350年以上の歴史があります。
江戸初期の1665年(寛文5年)にはすでに知多全体で114軒、半田村(現在の半田市)内だけでも10軒の酒造家が創業していたと伝えられています。
江戸時代中頃の1723年には廻船により江戸への出荷も始まっており、知多が江戸と上方(現在の大阪)の中間に位置することから「中国酒」として親しまれました。
18世紀末の頃には、江戸に入る酒の3割を担うほどの大産地となっています。

そうした時代背景を受けながら、1844年(弘化元年)に「國盛」が誕生します。
中埜酒造の礎を築いた小栗 富治郎(初代)は、その商才をミツカン創業家である中埜又左衛門から高く評価され、中埜家の酒造りの事業を引き継ぐかたちで、酒造株(酒造りの権利)を譲り受けました。中埜酒造では、この酒造株を譲り受けたときを創業の年として定めています。

創業者、小栗富治郎により「国の繁栄を願い、それとともに我が酒の盛んなること」を望む気持ちを込めて「國盛 “くにざかり”」と名付けられました。
これを、「国とともに盛んなれ」ということで紹介させていただいています。

「国とともに盛んなれ」

伝統の技と最新設備の調和を目指して

中埜酒造では、高品質な日本酒をお求めやすい価格でお届けしたいということで、早くから最新鋭の設備を導入してきました。こちらの工場は、1984年にできたものです。設備

伝統的な酒造りの技を受け継ぎながら、人の勘や経験にたよりがちだった温度や湿度の調節・管理といった部分を、最新の設備と機械によって実現しました。
伝統的な製法、熟練の杜氏の技を、機械や設備による制御に移しかえ、麹づくりや櫂入れ(撹拌する作業)も、最適な管理ができるようにしています。

中埜酒造 杜氏 船井秀哉氏

杜氏 船井秀哉さん

ですので、中埜酒造では、杜氏が醸造責任者という形になりまして、杜氏や人による作業を人間の五感が必要とされる工程に集中していくことで、手造りを超えた安定した品質の、おいしい酒造りを目指してきました。

例えば、昔ながらの製法ですと米を蒸す時には、大きな釜の上に乗せた甑(こしき)を使って1回1回蒸すのですが、当社では連続式ということで、ベルトコンベアーで流しながら蒸していきます。
良い麹を作るためには、米の外側をかたく、内側を軟らかく蒸しあげるのですが、前半は弱い蒸気、後半で強い蒸気を当てて、水分量を調節してパラパラとした仕上がりにしていきます。

蒸し上がった米を冷ましながら、エアシューターを使って麹室(こうじむろ)に運びます。手作業だと麹菌をつける作業が人ごとによって均一にかからない場合があるので、ここでも、エアシューターの過程の中で麹菌をふりかけることで、米に満遍なく麹がつきます。

全て自動化されていてボタンを押せばお酒ができる、というわけではなくて、その年の米の性質や仕上がりの状況や、その時々の麹の状況を見て、人間が作業のする・しないの判断をしたり、細かく調整をしていきます。

昔ながらの酒造りですと、夜中に起きたり、泊まり込んでの作業があるのですが、私たちは会社員として働いていますので、定時の中になるべく収まるように働いています。中埜酒造 杜氏

そのおかげで、肉体的に昔ながらの作り方よりも楽になっていると思いますが、匂いをかいだり味わったり、肌で感じたりしながら、五感を働かせて機械と人の良い部分を融合させながら、環境を整えていくことで、品質の良いお酒を安定して作れるようにしています。

大吟醸だけは精米の度合いなども違いますので、工程が違っていて、別に手作業で作っています。また、手作業で仕込みを行う工程を通じて、伝統の技術を若い社員に伝えるという役割もあります。新商品のテーブルテストといった場合も手作業で仕込んでいまして、200Lのタンクを使って、少ない量で試作したりテストをしていきます。中埜酒造 麹室麹

最近開催させていただいている酒造りの体験会では、こちらの工程を体験していただいていますので、日本酒に興味のある方は、ぜひご参加ください。

国盛 酒の文化館について

「国盛 酒の文化館」は、日本の文化である「日本酒」の知識と理解を深めるとともに、省力化、機械化が進められる中で酒造りで使われなくなった道具、先人の伝統的な技などの貴重な文化遺産を伝承することを目的にしています。

約35年前、1984年に新しい工場になりましたので、その時に中埜酒造としての酒造りへの考え方を紹介し、お酒の文化を知ってもらって伝統を残していく、日本酒の裾野を広げていくということで、翌年の85年にこの「酒の文化館」が開設されています。

酒の文化館 館長館内全体 酒の文化館

現在は、だいたい年間5万人くらいの方に来館いただいています。
半田市全体でも観光客が増えているので、MIM(ミツカンミュージアム)を観てから、あるいはカブトビールの工場だった半田の赤レンガ建物を見にいくのと合わせてというコース、そういったお客様が多いですね。

MIMのある風景

日本国内からのお客様が多く、海外からのお客様はまだそれほど多くありません。
英語、中国語といった言葉への対応の問題もありますが、中部国際空港もありますし、インバウンドの対応についてはこれからの課題ですね。

商品ラインナップ

知多半島の梅日本酒「国盛」「半田郷」もそれぞれに種類がいくつかありますが、私どもではそれ以外のアルコール飲料も作っています。

例えば知多半島で育てた梅を使った梅酒ですね。梅酒は、昔はアルコール度数が高くて、ご家庭で水や炭酸などで割って飲む商品が主流でした。そこに当社が初めて、紙パックの容器に入ったアルコール度数の低いストレートの梅酒を販売しました。ですので、「ストレート梅酒」という名前になっています。
その他に、黒酢梅酒、紅茶梅酒、ローズ梅酒などたくさんの種類の梅酒やゆず酒などもあります。また、みかん、ぶどう、りんご、ももなどの果実を使った新しいのお酒もあります。

国盛 純米どぶろく720ml

また、最近では「どぶろく」や「あまざけ」といった商品の人気も高まっています。
どぶろくというのは、以前は冬のお酒のイメージだったと思うのですが、最近では年間を通じて出荷されるようになっていて、じわじわと売上も伸びてきています。

「とらじの唄」は焼肉や油っぽいものを飲むときに向いているお酒です。
韓国のマッコリに近いお酒ですが、マッコリが日本に入ってくる前から販売しています。
焼肉にはあまり日本酒が合わないとされていたので、微発泡で酸味があって、焼肉や焼き鳥に合わせやくい、さっぱりとおいしいお酒として販売しています。

新しい取り組み

日本酒や酒造りに親しんでいただくため、日本酒造りの体験や、自家農園「國盛FARM」で取れた梅を使った梅酒造りも行なっています。

国盛ファーム「國盛酒造り体験会」では、午前中にはお米を蒸して純米大吟醸の仕込みをしていきます。午後は、あらかじめ仕込んでおいた清酒もろみを搾って、ビン詰めを体験していただいています。そのあと、しぼりたてのお酒と蕎麦をお楽しみいただきながら反省会をしています。
この「國盛酒造り体験会」のワークショップも人気が高まっていまして、だんだんと枠が埋まるのが早くなっているのと、女性の申し込みが年々増えています。

こうしたワークショップのほか、酒の文化館の見学や試飲なども行なっておりますので、ぜひ一度「国盛 酒の文化館」にご来館ください。

中埜酒造 国盛 酒の文化館

中埜酒造株式会社
https://www.nakanoshuzou.jp/

国盛 酒の文化館(※予約制)
〒475-0878 愛知県半田市東本町2丁目24
入場料無料(電話でのご予約が必要です)
TEL 0569-23-1499 
https://www.nakanoshuzou.jp/museum/

オンラインショップ(楽天)
https://www.rakuten.co.jp/kunizakari/